谷川俊太郎氏揮毫

★ミッドナイト・プレスからのお知らせ

*松本亮氏の『金子光晴にあいたい』を刊行しました。詳細は下記をごらんください。

*八木幹夫さんが講師を務める「山羊塾」2019年のプログラムが決まりました。第13回(2月9日)のテーマは、入沢康夫「『詩は表現ではない』と言い切った真意」です。

*中村剛彦さんによる『聖シメオンの木兎──シリア・レバノン紀行』書評「ほんとうの旅、詩の旅」を掲載しました。

岡田幸文の「聴無庵日乗」

*これまでの「聴無庵日乗」はこちらで読むことができます。

聴無庵日乗52(2019.1.1)

千両と柚子

 年の暮れに、松本亮氏の『金子光晴にあいたい』(聞き手 山本かずこ)を刊行した。松本さんは、20173月に亡くなられた。享年90。松本さんにお届けすることができなかったのは痛恨の極みである。

 金子光晴という詩人は、いまどのように語られているのだろう。金子光晴について論じられた本は、思ったよりも少ない。まだきちんと論じられていないという印象がある。かつて(1961年のことだが)、「金子光晴の位置は今なお決定していない、といったら奇異な感じを人に与えるだろうか。」と書いたのは大岡信だが、事態はいまも変わっていないように思われる。金子光晴の位置づけがむずかしい理由のひとつに、その「離群性」を大岡信は挙げているが(「単独者性」といってもいいかもしれない)、なるほど、金子光晴を文学史のうえで語ろうとして、いくつかの座標軸を設定しても、金子光晴はどのスケールからもすぐにはみだしてしまう。

 『新雑事秘辛』という本がある。これは金子光晴の解題によれば、「松本亮氏の問はれるままになにか知つたかぶりしてそれをテープにとり雑誌「あいなめ」に掲載したものに若干の補充をして出した」ものだが、これが実におもしろい……というか、なんというべきか……これは帯文を引用するのが手っ取り早い。即ち、「編集者は告白します。比類ない詩魂と人生の知恵にあふれた金子光晴氏の言葉を要約することは不可能です。この本を読んでいただく以外、この本の魅力をわかっていただける方法はありません」。冒頭に置かれた「中国の古代思想について」という章から、流れる水のように語りだされる金子光晴の口跡はあまり類例がないのではないだろうか。気心の知れた松本亮氏相手に、どのような問いにも、気軽に、闊達に応じる金子光晴から伝わってくるのは、なにものにもとらわれない自由の精神である。

 『金子光晴にあいたい』において、金子光晴と四半世紀をともにした松本さんが語る金子光晴の話からは、これまで見えなかった〈真実〉の一端が垣間見えてくるようで、たいへん興味深く読むことができる。そして、松本亮氏が選んだ金子光晴の詩十篇が併せて収録されていることが、この本に奥行きを与えている。どの一篇も、ほかのだれにも書くことができない、金子光晴の詩である。「どぶ」や「六道」を読むとき、われわれは詩についてどこまで語ることができるのだろうか。「ともかくも人生のむかうに/ひろびろとしたものが拡がり、」という二行に始まり、「空の奥は、ふかい闇で、思想家たちは/そこには虚無しかないと考へつづけた。/なる程、この思想の根源は、漆でみがきあげられ、//僕らを映し出しはすれ、そこから始まる/存在が姿をみせないので/どれほど透徹してみせても、僕らは扇を/ひらくやうに、映された人間の処作をやるしかない。」という二連で閉じられる長詩「六道」は、何度読んでも飽きない。金子光晴の深さ、大きさを思い知らされる詩だ。

 いま、詩はたくさん書かれているようだが、詩人は少なくなったという感慨を拭えない。昨年末、入沢康夫氏が亡くなられたが、入沢さんの詩/死があらためて教えてくれるのも、そういうことだ。金子光晴は、『マレー蘭印紀行』や『フランドル遊記』など、魅力的な散文を多く残しているが、いまは『詩人 金子光晴自伝』をあらためて読まなくてはと考えている。

★新刊のお知らせ 松本亮『金子光晴にあいたい』

定価:本体2500円+税 装丁・大原信泉

 このたび、松本亮『金子光晴にあいたい』を刊行しました。これは、かつて「詩の雑誌midnight press」に連載されていたものを一冊にまとめたものです。松本氏は、1951年、金子光晴を訪ね、1975年、金子光晴が亡くなるまで親交を続けられた詩人であり、日本ワヤン協会を設立、主宰された方です。金子光晴と四半世紀をともにした松本亮さんのお話は、金子光晴を生き生きとよみがえらせます。「弱いものをやっぱり守らなきゃいけなという意識が常にあったんでしょうね。それで当然、戦争に反対ということになるわけなんです。あたりまえなんです。あたりまえなことをあたりまえに考えて強く書き進めていった人なんですね。」(松本亮)

 聞き手である山本かずこのあとがきにありますように、松本亮さんはこの連載を通して、金子光晴さんと再会していたのだと思います。松本さんの、金子さんに対する気持ちは、読む者にも伝わってきて、この本を読んでいると、「金子光晴にあいたい」という気持ちが強く涌いてきます。そして、松本亮さんが選んだ、金子光晴の十篇の詩を読むと、金子光晴がほんとうの詩人であったことを知らされるのです。なぜ、いま金子光晴と出会わなければならないのか。答えは、金子光晴のその詩のなかに、その生き方のなかにあることを、読む者ははっきりと知るでしょう。

 この本がひとりでも多くの人々に読まれることを願っています。

★新刊のお知らせ 里中智沙詩集『花を』

定価:本体2700円+税 装丁・大原信泉

詳細は、表紙をクリックしてください。

 このたび里中智沙さんの新詩集『花を』を刊行しました。これは、『手童(たわらは)のごと』(2008年 ミッドナイト・プレス)に続くものですが、日本の古典文学や古典芸能に造詣が深い里中さんの詩法はさらに奥行きを深め、時間的には過去と現在とを往還し、空間的には叙事と叙情とを行き交う、ことばの舞いは一段と深みを増して、読む者を堪能させます。一人でも多くの方々に、この詩集をお読みいただければうれしく思います。

 ここでは巻末に置かれた短い詩を紹介したいと思います。

 

 

  花を

 

 

えぐられた大地の

血のような赤土に

花を植える

一輪の

花は風にそよぎ やわらかに

傷口を撫でるだろう 

 

そして花は

蝶を呼ぶだろう 瑠璃いろの蝶を

蜂も呼ぶだろう 黄金(きん)色に翅ふるわせる蜂を

空から

鳥も降りてくるだろう

羽搏きの音に

ひとが足を止めるだろう

そして次の花が

 

ひとの手に抱かれて

一輪、また一輪と

血のにじむ大地をおおって やわらかに

お花畑がひろがるだろう

太陽()も もどってくるだろう

ひとはやっと

微笑むだろう

お花畑を囲んで

やっと 語りはじめるだろう

A5変型・上製・函入り 定価 本体2800円+税

*井上輝夫『聖シメオンの木菟』の書評(高樹のぶ子氏、黒川英市氏)はこちらをごらんください。

*中村剛彦編集による「特集井上輝夫」では、既刊詩集抄に加えて、映像、翻訳詩抄、拾遺詩篇・散文抄を読むことができます。