岡田幸文の「聴無庵日乗」2018年

*お知らせ  2017年末までの「聴無庵日乗」は、「聴無庵日乗 アーカイヴ」(〜2017.12)に移動しました。

聴無庵日乗29

 河合酔茗の次にくるのは、草野心平である。三篇紹介されているが、ここは、この詩であろう(あとの二篇は、「天のひしゃく」「牧場の秋」)。

 

 富士山  草野心平

 

川面(づら)に春の光はまぶしく溢れ。そよ風が吹けば光りたちの鬼ごつこ葦の葉のささやき。行行子(よしきり)は鳴く。行行子の舌にも春のひかり。

 

土堤の下のうまごやしの原に。

自分の顔は両掌(て)のなかに。

ふりそそぐ春の光りに却つて物憂く。

眺めてゐた。

 

少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。それをなはにして縄跳びをする。花環が円を描くとそのなかに富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。

 

耳には行行子。

頰にはひかり。

 

 草野心平は、よくわからない詩人のひとりである。理由は単純で、まだその全貌をつかんでいないからである。心平といえば、蛙、そして富士山の詩人ということになるようだが、とてもそれだけでは収まらない印象がある。上掲の「富士山」にしても、26篇の連作からなる詩集『富士山』に収録された一篇(「作品第肆」)であって、この一篇だけで草野心平の「富士山」を語ることはできないのだが、それを承知の上で、「富士山とはなんぞや?」と尋ねれば、詩人は答えるだろう。曰く、「富士山の詩を私は永いあひだ書いてきたやうに思ふが、もともと富士山などといふものは天を背景にしなければ存在しない」と。そのことばをたよりに、この「富士山」(「作品第肆」)を読むと、ここでも「夢みるわたくしの。/富士の祭典。」(「作品第壹」)が繰り広げられている。春の光りのなか、行行子が鳴き、少女たちの縄跳びが円を描くとき、「そのなかに富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。」。富士は生きているのだ。(2018.1.14

聴無庵日乗28

若松七本活け

 2018年が明けた。

 変わらず『あの頃、あの詩を』に収録された詩を読み継いでいくわけだが、今年は、それに日常的な(?)記述を交えていこうと思う。

 今日は熊野神社に初詣。この神社について詳しいことは知らないのだが、鳥居をくぐって拝殿に向かって歩み始めると、この神社が経てきた時間の密度のようなものが伝わってくる。

 この数日、よく聴いているのは、ダラー・ブランドの「アフリカン・ピアノ」。そのCDの横には、藤本哲明の『ディオニソスの居場所』が置かれている。(2018.1.9)